第2回紋別ぴよぴよ会・行きの大田区

ぴよぴよ会はいつも石川台から始まります.石川台から始まって石川台で終わるということみたいです.坂の多い大田区では,中原街道みたいに坂の比較的少ない道は走りやすくてとてもよいと思います.

 

前日,研究発表的なことをしていて,夕方には寝てしまったので,日付が変わるぐらいの時間に起きていました.深夜といえばきゅあっぷらぱぱであることは誰がみるよりも明らかです.

 

 

深夜に起きてしまっているのだから,魔剤系飲料をキメるのは人の世の常であり,浮世になにかひさしかるべき.

 

 

ぴよぴよ会は,写真をいっぱいとることも目的の1つになっていることがしられています.

 

それで,家から石川台交差点まで頑張って行って,第2回紋別ぴよぴよ会が始まります.

 

石川台から西へ中原街道を通り,田園調布からは環八通りで羽田まで南下していきます.まあ朝7時ぐらいならまだ人通りもそんなに多くないので,自転車で歩道を走っていってもあまり危なくないです.車道は,なんか大きい車がすんごい速度で走っているし,人が多いとぶつかって怒られます.

 

 

ぴよぴよ会は,ぴよぴよを世界へ羽ばたかせるため,日本語を添えて大量の写真をツイートする必要があります.そのため,例外的に言語縛りが適用されません.われわれはぴよぴよなのです.

 

 

田園調布の交差点を曲がろうとしたら,なんか急に貧血になりました.6月に駒沢公園で貧血になったときに貧血の耐え方を学んだので,10分くらい歩道で寝ていました.自分の場合は痙攣してぴくぴくとかじゃなくて,手足口の筋肉が硬直するので,手足に感覚が戻るまで頑張って寝てるという感じです.地面がひんやりしていたため,回復が早かったのかもしれません.

 

 

北嶺町でお水を買いました.全身の筋肉が硬直して大量の汗をかいたので,水を飲まないと大変なことになります.

 

頑張って自転車をこいで,第二京浜.国道1号なのに第二京浜であるということが知られており,人間とは一体なんなのか,我々は一体どこから来たのか,第一京浜なのか,それとも第二京浜なのか,そういう問題を考えながら信号を待つことになります.やはり,国道1号は交通量が大きい.爆音のバイクがぶおんぶおんしながら走っていました.

 

貧血していたのもあって,かなりきつかったけど,環八は何度も通ってるので,蒲田すぎれば無我の境地に達することはわかっていて,なんとか蒲田に達したいという気分でした.

 

 

倒れて地面で寝ていたので,服は汗と砂でどろどろのびしょびしょでした.きもいのですが,このまま紋別に行って夜までこのままでした.よくないね.

 

 

蒲田は京浜東北線の線路を超えるところが,すこしきついですね.京急蒲田はやっぱり要塞だと思います.ただ,名鉄太田川駅要塞のほうが防御力が高そうなので,京急はまだ努力が足りません.第三次世界大戦にそなえ,京浜地域の防衛体制を整える必要があります.われわれには,竹やりを作る用意があります.

 

 

大鳥居まで来たらもう羽田は目前です.大鳥居は地下に駅があり,たくさん人がいました.交差点は多くの人が行き交っており,その様子を,あほみたいに暑い東京で,汗をだらだらしながら見ていました.

 

 

羽田インターの下,穴守稲荷の横などを通り,穴森橋を超えればもう羽田空港です.モノレールが見えたり見えなかったりします.上がったり下がったりして大変なことだと思います.人間はほんとうにひどいことをしますね.モノレールの気持ちになるとつらすぎるので,直視しすぎるのは危険です.特に,穴守橋から東を見ると太陽も登ってきているので,やはり,目への悪影響は避けられません.

 

 

駐輪場に自転車をとめて,羽田空港国際線ターミナルへと向かいます

 

つづき

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